「美意識」の科学:漫画・アニメ的な美しさと錯覚、そして男女差の話

性差の科学
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初出:2015/09/01 Vol.135 男性から見た美人、女性から見た美人 中編
初出:2015/09/08 Vol.136 男性から見た美人、女性から見た美人 後編

前回は、人間の美的感覚のベースについて、自らを守るため、不気味の谷や左右対称性といった部分で、美しいか、そうでないか、恐ろしいかという判別を行っているという話をしました。

じゃあ、異様に等身が高かったり低かったりする少年漫画や、棒きれのような手足に、顔の大半を被う巨大な目を持つ少女漫画に対して「美意識」を感じてしまうのは一体全体どうしてなんでしょう?

超正常刺激とは?

実際に、あんな巨大な目をして棒きれのような手足の人間がいたら普通にホラーです。しかし、アニメ的表現だと、目は多少大きいのは当たり前、むしろ現実サイズのほうが違和感さえ感じます。アゴだって尖りすぎです(笑)

これは、人間が人間を美しいと認識する反応「正常刺激」を越えて正常に見える「超正常刺激」であると考えられています。

ようするに、人間の美意識は、顔は左右対称であるほど美しく、目は健康的にキラキラして大きい方が魅力的で、アゴはしゅっと締まっているほうがカッコイイということ。そういった人間の美意識を極端にしたもの・・・それが漫画的、アニメ的表現です。

故に、アニメにくらべると実写が見劣りしてしまう事があるのは、人間の脳が、〜であればあるほど良いという錯覚に陥っているからと言えます。

孔雀は尾羽が派手なほうがモテるという鳥なのはご存じの通り。では、孔雀の尾羽にネオンライトサインを付けてパチンコ屋の看板みたいにしたら・・・あきらかにおかしくても、その改造孔雀はモテモテになることが実験でも知られています。

つまり、デコ孔雀は孔雀の中ではアニメ的格好良さとなっているわけです。人間でいうとこころのカートゥーンアニメに出てくる砂時計のようなくびれたボインなおねーさん・・・といったところです。

コレは別に悪いことではないのですが、たまに現実と仮想の区別が付かずに、棒きれのような手足を目指して拒食症になる子なんかがいるわけです。
また、二次元に近づこうと謎の改造手術を受け続け、不気味の谷にどっぷりはまった女性なんかはたまにネットニュースに上がってきますが、アニメが悪いわけではなく、彼らの脳がおかしな方向にシフトしちゃってるからと言えます。

美意識も追い求めすぎると不気味の谷に真っ逆さまと、実にアンバランスな危ういものでもあるということですね。

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美意識の男女差

また、美意識については、男女差というものもあります。左右対称性なんかは共通したベース部分ですが、違ってくる部分もある。

細かい部分で見ると、男は異性を「シルエット」と「テクスチャ」で認識します。故に、女性が髪の毛を多少切ったり色が変わったことに関しては分かりにくく、逆に肌が荒れたり、顔色が悪かったりすると、気が付きやすいわけです。

故に、オシャレ部分は分かりにくく、隠したい部分に目が来てムカつくデリカシーの無い男!なんてことになるわけです。

では女性はと言うと、「パーツ」で見ています。なので二の腕がプニプニするとか、小じわが〜〜とかクビレが〜〜とか、女性の悩みも基本的にはパーツの場合が多いのも特徴です。

自分の顔でさえ、パーツごとの出来不出来を見てしまうので、メイクが下手な女性ほど、非常に偏ったものになりますし、爪にデコレーションなんかをして、小さくキラキラしたカワイイと思うのですが、男はシルエットで見るので、爪がボコボコしてて不気味だな・・・と思う人が出てくるわけです。

逆に、男が無頓着になりやすい、小物の部分で女性は男性を評価していたりもするので、靴の善し悪しや、清潔かどうかといった部分が露骨に見えるのが男からすればドキっとするわけです。

この辺の違いを踏まえておくと、不幸なすれ違いは減るかと思う訳で。さらにいえば、先の超正常刺激の話も含めて、テンプレ美形を目指すのではなく、メイクや美容整形も自分の個性を最大限生かす方向で調整した方が「魅力的」だと思うのです。

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